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大阪地方裁判所 昭和58年(わ)3150号 判決

主文

被告人園山健二を懲役三年に、被告人金昌寛を懲役二年にそれぞれ処する。

この裁判確定の日から、被告人園山健二に対し五年間、被告人金昌寛に対し四年間、それぞれの刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、仕事仲間であるが、外二名とともに昭和五八年一月六日午後二時五〇分ころ勤務先の新年宴会を終え大阪市南区千日前二丁目九番一九号アシベビル一階パチンコ店「アシベ会館」南西角交差点付近を通行中、先行していた橋口保政(当時二一歳)、野中和敏(当時二二歳)及び矢野伸一(当時二三歳)の三名に近づいた際、

第一  被告人園山健二は、右日時場所で右橋口、野中、矢野の三名が横一列になつて歩いていたこと等に言いがかりをつけようとし背後から大声をかけたところ、これに憤慨した橋口からにらみつけられたため立腹し、右パチンコ店「アシベ会館」西側路上において、いきなり同人の顔面を手拳で二回殴打する暴行を加え

第二  被告人両名は、共謀のうえ、前記日時前記パチンコ店「アシベ会館」西側路上において、右橋口への暴行を制止しようとした前記野中に対し、こもごもその顔面、頭部等を手拳で殴打し、ウエスタンブーツ(昭和五八年押第六四二号の四、五)履きの足で蹴りつけるなどの暴行を加え、同人に頭部外傷第二型、右側頭部打撲、左前額部打撲、左大腿部打撲、頸部捻挫、顔面打撲(下唇裂傷)及び全身打撲の傷害を負わせ、よつて、同年二月二〇日午前九時二〇分ころ、福岡県田川市上本町一〇番一八号社会保険田川病院において、同人を慢性硬膜下血腫に基づく脳ヘルニアにより死亡するに至らしめ

第三  被告人金昌寛は、前記同年一月六日午後二時五〇分ころ、前記パチンコ店「アシベ会館」西側路上において、右野中に対する暴行を制止しようとした前記矢野に対し、その頭部付近を手拳で一回殴打する暴行を加えたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点についての判断)

弁護人は、判示第二の事実につき被害者野中和敏(以下「野中」という。)の死亡については、野中がシェーンライン・ヘノッホ症候群に罹患し、これが慢性硬膜下血腫の成因となつた可能性があり、また、本件受傷から死亡までの間に野中本人の不注意が介在しているのみならず、本件では医師の的確な診断のもとに早期に右血腫除去手術が施行されておれば野中の救命ができたのであるから、被告人両名の暴行と死亡との間には因果関係はない旨主張する。

そこで検討するに、関係各証拠によれば、被告人両名が、昭和五八年一月六日午後二時五〇分ころ、野中に対し頭部、顔面等を殴打足蹴し、同人に判示のとおり頭部外傷第二型、右側頭部打撲、左前額部打撲等の傷害を負わせたこと、野中は同年二月二〇日午前九時二〇分ころ、福岡県田川市内の社会保険田川病院において右前頭部の慢性硬膜下血腫に基づく脳ヘルニアにより死亡するに至つたことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

さらに関係各証拠によると、

(一)  野中は、昭和五八年一月六日友人二名と京都から大阪のミナミに遊びに来ていたものであるが、本件受傷前には疾病等身体の異常を訴えることもなく、健康体であつたこと

(二)  被告人両名は、同日無抵抗、無防備の野中の右側頭部、顔面等を多数回にわたりこもごも手拳で殴打し、さらに両手で頭をかかえて座り込んだ同人をそれぞれウエスタンブーツ履きの足で蹴りつけたもので、その程度は野中の下唇にも長さ五センチメートルで一八針の縫合を必要とする程の裂傷を負わす等かなり激しいものであつたこと

(三)  野中は、右受傷後直ちに大阪市内の富永脳神経外科病院において治療を受け、頭部CT撮影の結果異常なしと診断されたものの、脳内出血の可能性があると指摘され、京都市内の病院に入院するよう指示されていたが、当日はひとまず京都市内の友人橋口保政方に帰宅したこと

(四)  野中は、翌同月七日なお鼻出血が止まらなかつたため京都市内の京都府立医科大学病院眼科及び耳鼻咽喉科において治療を受け、以後は右受傷のため同月二六日ころまで右橋口方に寄宿し無為に過ごさざるを得なかつたが、この間右橋口に対し頭痛、手足のしびれを訴えていたこと

(五)  その後野中は、右橋口方に寄宿できなくなつたため同月二六日ころから同月二九日まで京都府下の従弟野中英人方に寄宿し、その間二晩程ホストクラブで稼働するなどしていたものの、同月三〇日に至り激しい頭痛を来たし、京都市内のシミズ病院に赴いたが、その際野中は本件の被害を受けたこと、二、三日前から頭痛、吐き気のあることを訴えており、同病院で頭部CT撮影の結果血腫等の異常は認められないと判定されたものの経過観察の要があるとされて入院したが、同年二月一一日同病院を退院するまで、頭痛が継続していたほか、断続的におう吐、吐き気等を訴えていたこと

(六)  野中は同月一一日実母の希望等により実母宅に近い病院に転院することにし、いつたん福岡県田川郡内の実母宅に帰つたが、同月一三日午後一一時半ころ容態が急変し前記田川病院に入院し、翌同月一四日頭部CT撮影の結果脳の右前頭葉の部分に慢性硬膜下血腫が認められ、直ちに右血腫の除去手術がなされたが、意識を回復することなく前記のとおり同年二月二〇日午前九時二〇分ころ死亡するに至つたこと

(七)  右血腫は、薄い血腫被膜を切開すると茶かつ色の流動性血性液が勢いよく流出し、かつ前記田川病院撮影の頭部CT撮影像が混合型(白つぽく映る高吸収域と黒つぽく映る低吸収域が混じつた型)を呈しており、右手術時よりも少くとも二週間以前に発生したものであること

(八)  一般に慢性硬膜下血腫の成因として外傷、出血傾向、頭蓋内の圧の減少等があげられているが、同血腫を有する者の八〇ないし九〇パーセントには外傷の既往があり、他に明確な出血原因が存在しない場合には外傷に基くものと考えられており、またその症状には頭痛、吐き気、おう吐、瞳孔不同、片側麻ひ等があげられるところ、本件において野中は医師らに対し終始判示の受傷を訴えており、また、他に頭部を負傷した証跡も全くうかがうことができないし、特に本件受傷までは身体に異常がなかつたのに本件受傷を契機とし、それに引き続いて間もなく頭痛を訴えはじめ、やがて本件手術の二週間余以前から吐き気、おう吐の症状を呈しかつ、右の各症状が右手術時まで継続していたことの各事情が認められ、以上の事実関係を総合すると、被告人両名の本件暴行による傷害と野中死亡との刑法上の因果関係は優に肯認することができる。

なるほど関係証拠によると前記シミズ病院における検査結果及び臨床所見では、野中には全身性の小出血斑がみられ、本件受傷後三週間経過しても鼻血が出るうえ、尿路出血、血尿があり、足腰の関節痛が残つていたことからすると、野中が同病院の診断のようにシェーンライン・ヘノッホ症候群に罹患していたことも否定できないところ、前認定のとおり野中は被告人両名から暴行を受けた後に、頭痛、吐き気、四肢のしびれ等の諸症状を訴えるに至つたものであるうえ、前記田川病院に入院するまでの間ほぼ継続的に右諸症状を呈していたのであるから、野中の右症候群が硬膜下出血を容易にし、かつその吸収を困難なものとしたことはあり得ても、その慢性硬膜下血腫の成因は、被告人両名が野中に加えた判示暴行による傷害と認めることの障害となるものではないと解するのが相当である。従つて、被告人両名の判示暴行は、野中の死亡に対し唯一の原因ではないとしても致死の原因である暴行は、必ずしもそれが死亡の唯一かつ直接の原因であることを要するものでなく、たまたま被害者の身体に特異の病質があつたため、これと相まつて死亡の結果を生じた場合には、右暴行による致死の罪の成立を妨げないと解すべきである。

なお、弁護人主張のごとく本件ではシミズ病院での野中に対する診療は、野中の血腫の発生の有無につき経過観察を続けているが、なお前認定のような症状を呈していたのに軽快したとして野中を退院させ遠隔地の実母に引き渡していること、また、野中本人も受傷時の医師から受けた入院の指示に従わず日時を経過させたことなどの点で問題がないわけではなく、事後の有効適切な治療の実施が若干遅延したことは否定することはできないが、前認定のとおり被告人両名の判示暴行が野中の死亡に対する一原因をなしているのであり、医師及び被害者本人の手落ち、不注意により医師の適切な治療行為が遅延し、右被害者の死の結果の発生を促進し、あるいはその一因となつたとしても、被告人両名の右暴行による傷害と右被害者の死亡との間の因果関係を認めうることは明らかであるといわなければならない。

(法令の適用)

被告人園山健二の判示第一及び同金昌寛の判示第三の各所為はいずれも刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人両名の判示第二の各所為はいずれも同法六〇条、二〇五条一項にそれぞれ該当するところ、所定刑中判示第一及び第三の各罪についていずれも懲役刑を選択し、被告人園山健二の判示第一及び第二の各罪、同金昌寛の判示第二及び第三の各罪はいずれも同法四五条前段の併合罪であるから、それぞれ同法四七条本文、一〇条により重い判示第二の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人園山健二を懲役三年に、同金昌寛を懲役二年にそれぞれ処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から、被告人園山健二に対し五年間、同金昌寛に対し四年間、それぞれの刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

本件各犯行は、被害者らが横一列になつて歩行していたことに因縁をつけようとした被告人園山が、被害者らの背後から判示のように大声をあげたことに端を発したものであり、被害者らは右状態で歩行していたからといつて一方的に暴行を加えられるいわれはないのみならず、被告人両名はその暴行行為を制止しようとして仲裁に入つた被害者らに対しても犯行に及んでいるのであるから、その動機に酌量の余地はなく、ことに判示第二の被告人両名の犯行は白昼通行中の一般市民の前で無抵抗、無防備の被害者に対し、こもごも手拳で殴打し、しかも右暴行に堪えかねて両手で頭をかえて座り込んでいる同人に対し、さらにそれぞれウエスタンブーツ履きの足で蹴りつけるなどの暴行を加えて同人に判示の傷害を負わせ、その結果死亡するに至らせたもので、その態様は執拗かつ残忍であり、そのため頭痛等の後遺症に苦しみながらいまだ二二歳の一命を失つた被害者の無念の程はもとより、遺族の悲嘆、憤慨の気持には察するに余りあるものがあることの各事情に徴すると、犯情は悪質であり、被告人両名の刑責は重いといわなければならない。

さらに被告人両名の各犯情を検討すると、被告人園山は本件の発端を作つたうえ、被告人金を指示して判示第二の犯行に加わらせ、かつ自らも率先して被害者を殴打、足蹴りにしたものであつて主犯的立場にあるなどその犯情は重く、また、被告人金は被告人園山に加勢するなどその役割を軽視することはできないが、本件犯行当時少年であつてその立場も従属的であることなどに照らすと、被告人園山に比して犯情は軽いと考えられる。

しかしながら、本件各犯行はいずれも酔余のうえでの偶発的犯行であること、判示第二の犯行については犯行後の被害者の生活態度及び治療状況並びに医師による適切な治療行為の遅延が、被害者死亡の一因となつており、被害当時関係者らが本件のような結果の発生を予知しておれば防止し得たと考えられること、従つて被告人両名にとつても本件重大な結果は予期せざるところであつたこと、犯行直後被告人園山の母親が被害者のため治療費を含めて一〇万円支払い、かつ被害者死亡後被告人両名が被害者の遺族との間で慰藉料二五〇万円を支払うことで示談が成立していること、被告人両名は若年であるうえ、いずれもこれまで前科はなくそれぞれ一家の支えとなつて稼働して来たものであり、本件各犯行につき反省悔悟しているものと認められることの各事情に徴すると、被告人両名に対してはそれぞれその刑の執行を猶予し、自力更生の機会を与えることが妥当な措置と考えられる。

よつて主文のとおり判決する。

(山田敬二郎 荒井純哉 河野清孝)

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